2013年5月20日月曜日

谷根千の思いで

僕は日本の誘致を持ったのはもともと浮世絵版画と古い東京の歴史で始まって、それからもっと広い日本の興味が生じた。そして1987年の正月でやっと日本へ行く事になりましたら、江戸時代の歴史とつながてる町に絶対住むと決めました。

1987年、谷中か根津の古いコーナー
でも実それは思ったより難しい夢でした。僕は日本で一番最初に泊まってた所はかつてのスポンサーの関係で古い東京から完全に遠く離れたあたらしい郊外、僕の年齢より若い町でした。自分で選んだ住まいを見つけるのはちょっと時間がかかりまして、その間東京の昔からの地区を良く探索できた。最初に谷中と千駄木の編を見附って歩いたら瞬間で大好きとなって、谷根千で住みたいと決めました。
80年代、谷中の典型的なシーン
谷中、根津と千駄木の3つの地区は台東区と文京区の境界にまたがってる、一緒には「谷根千」と呼ばれてます。1923年の地震と戦時中爆撃から避けたから沢山伝統的な木造住宅は残って、お寺と神社の間の道は昔からのそのまま影響があります。他の下町の地域(浅草とか)の喧騒より穏やかな感じあります、谷根千はオアシスのような文化的な魅力に満ち、伝統的なお店はたくさんあり、江戸の現代と現在の東京の架け橋と思われる。僕が1987年春にそこに移動したときはその印象でした。
僕が大好きなお店でした、日本の紙の専門店、千駄木のいせ辰

大好きなアーティスト:浮世絵のマスター鈴木春信 (1725-70)
と笠森お仙の記念碑、大圓寺、千駄木
谷根千で賃貸の住まいを見つけるのは大変でした.その時代あの近辺で外国人はほとんどいなかったで、相談をしてくれる不動産が少なくて、なかなか賃貸を見せてくれなかった。でも頑張って、やっと言問通りの近くで上野桜木のマンションを見つけた。期待したいような古い伝統的な家ではなかったが、少なくとも住みたかった地域であった。谷中墓地の横で、数分芸大と上野公園からすぐ歩いていた、谷中や根津は僕の地元の地域だった。
根津神社ののら猫.凄くいっぱいいました
一年ぐらい一人でそのマンションで住んで、谷根千の歴史との美学文化に浸漬した。その間日本語を勉強して、ふるい建設の写真塗装し、ペン画と水彩の絵を描いた(残念だがら、ほとんどのその時代のアートワークが失われた)、そしてイラストポートフォリオに新作品を考えました。

僕の窓からの景色上野の方に向かって。
真っ正面は浄名院墓苑、寛永寺の屋根が見える。

谷根千はインスピレーションを得るために最適な場所だった、大好きな近辺で、長く住みたかったです。でも僕のお仕事はどんどんと急速に動いていた、イラスト最終的にはエスカレートして、最後に東京の反対側に山の手に移動する説得した。そして、僕の後悔に、そこに居た。
家からすぐ近くは有名な筆屋さんでした

谷中1丁目6番地

次の20年の間に何回も引っ越しをしたが、下町に住むために戻りませんでした.でも、谷根千からでって約2年が経過した後その辺でもう一度散歩する機会がありました。そこに住んでた時代からわずか2年しか立ってなかったが、沢山が変わってて驚きました。僕が写真と絵で記録した古い木造の建物のいくつかが取り壊されて、代わりに面白くない靴箱のような建物ができて、それか駐車所になった。まぶしいコンビニが言問通りの上に開いていた。僕は唖然とした、町の文字がバラバラにされてると思った。

根津駅からすぐ、言問通りの三代目新ふじそば
水彩スケッチ1988年の春
(あの時代からまだ持っている唯一のスケッチの一つ)

あの時代の写真

同じシーン今日(Googleストリートスビューから)
おそば屋さんはまだありますが、他は全部なくなった.
先月東京に戻ってた時、25年ぶりにちょっと谷中と根津を大久しぶりに見えました。まだ美しいところです、町に大事な建設が覚えているのと同じように残ってます.でも、残りの町(普通の自宅とか)があまり変更されているかろうじて認識可能だった。これは僕が地域に戻れなかった主な理由の一つだった - 古い建築の理不尽な軽率な破壊は目撃することはあまりにも悲しかった。もちろん、古い木造の建物は大変だと分かります.冬で寒くて、住みつらい、ぼろぼろ。でも今の時代インテリアを一新しながら正面を維持することが可能です。


谷中1-15川崎商店1987のビュー
現在の同じ場所
いくつかの建物は、旧市街の雰囲気を保存する専用の人によって守られています、谷根千は日本文化の失われた部分を探している人、アーティストなども避難所となっています。これらの人々は外から入る人も多いで、外国人も含む領域 - それは25年前のエリアに移動する難しさを発見したであろう非常に人々は今それの古い建物を保護している者であることを皮肉なことですね。

根津2丁目33番地、僕の写真、1987年
現在はこうなりました(Google)
ここで僕が1987年で 取った写真と今現在Googleストリートスビューで同じ場所を比べます。古い写真沢山ありますが、僕が描いた絵はほとんどもないです.見つけましたらポストをします!

 他の谷根千「現在と80年代の比べ」の写真はこのブログにあります.


2013年4月26日金曜日

最近のスケッチ

人ばっかりを描いてません、想像力も運動してる。

このスケッチは実自分の実生活とつながってます。最近自転車を買った、本当です。見方はこのようとあまりにてないけれど、僕はこの絵の気持ちで乗ってます。





娘はペットを凄く欲しいです、抱きしめたくなるような可愛い物が欲しい.僕は「家を引っ越しした後からよ」といいてます.




 あ、そうだ!新しい住まいです。もうすぐすてきな家に引っ越しします! それは僕の頭とこころに大きく感じてます。


心に多くのものが最近あります。....でも僕は紙に描くと何とか絡まって可笑しくなる。

2013年4月20日土曜日

電車のスケッチ、パート2

電車のスケッチはまだあります。

 
田園都市線、夜のラッシュアワー

田園都市線、夜のラッシュアワー
今回の東京では特に電車スケッチが多かったです.僕と娘はたまプラーザ(田園都市線)で泊まりました.たまプラーザ駅から渋谷までは30分ぐらいかかりますが、最近電車がラッシュの時間以外にも混んでて、普通電車でも座るチャンスが昔と比べて少なくなった。
田園都市線、帰りの電車


でも座られる時必ずスケッチブックとペンを出して、乗客が分からないように、こっそり絵を描きました。東京では斯くするのはそんな難しくないです、なぜなら乗客は回りの事を無視して自分の世界に入り込んでる、携帯でゲームをしたり、本を読んでる、寝てる(それか寝てるふりしてる)。

半蔵門線、昼間、渋谷行き

皆はいつ降りる?分からない!いつかポーズが変わる、他の乗客は前に邪魔で立つかも知りません。さ、さ、で描いて、忍者アーティストの気持ちで、このようなスケッチ行使はとてもエキサイティングです!


銀座線、渋谷行き
そして僕は疑問します.私たちは皆自分のプライベートの旅で、この金属チューブでまとめて、速いスピードで町をわたってます.私たちはすべて途中であり、僕はペンであなたの生活を詮索している。あなたは僕にの洞察を提供してる?何を考えている?どこ行くの?どこ行ってたの




田園都市線、あざみ野行き
乗客モデルの皆さん 、公共交通システムミューズ、ありがとうございました!さあ、僕の駅が近くについて、降りなくちゃ!さよなら!

田園都市線、あざみ野行き

2013年4月17日水曜日

東京の電車ドローイング

先週お久しぶりに東京に行って短い旅行しました。2週間しかいなかったから、もう、毎日おお忙しくして町の片側から片側までばたばたして動きました。僕はそれで良い、東京はいつも動いてる都市です、絶えず移動して忙しくする場所で、轟音メトロポリスです。しかし、また魅力と美しさの場所です、一時停止できる秘密のようなオアシスでいっぱいです。
田園都市線、渋谷ゆき

僕は一番気に入って所は東京のコントラストです。大きい、マシーンようなアーバン都市でまいごになって気分があり(自体が心強いになります)、そしてその上にギャラリー、ショップ、カフェ、と他のビーコンの宝石のも発見できます。その細かい所で東京が変わる、都市乱マシンですが、静けさのポータルでいっぱいだ。
山手線、新宿と池袋の間

今回の旅行で僕の静かな時は良く電車の中で、スケッチを描いてるときでした。山手から下町まで、高級な青山から横浜の郊外まで、僕は電車に乗って、動いて、乗客を観察した。例えば、この人たちです。。。
千代田線、根通から明治神宮前の間

井の頭線、吉祥寺から渋谷行き

田園都市線、夜の帰り電車

田園都市朝に眠い高校生

2013年2月14日木曜日

電車のスケッチ


それでは、先週の週末2時間の電車旅に行って参りまして、行くときも、帰りもスケッチブックで描きました.しかし、指定席の割り当てと座席レイアウトの制約のため、イギリスの東部列車が他の乗客をスケッチするに容易に自分自身を提供しない。乗客を良くを見えなくて、往路でこれしか見えなかった:




帰りの電車で僕が一人で、他の乗客がほとんどいなかった、 再び、全く人のスケッチをしなかった。しかし、この時、ペンが他の目で見えない世界を探索できる。。。

 

2013年2月7日木曜日

東京電車のスケッチ

去年の夏に東京で満員電車で描いたスケッチです


僕は忙しい通勤電車で描くのが爽快です.他の人が電車に乗る時前に立って邪魔に入る可能性ある、それか描いてる人が下りる、動く、気がついていやがる。トリックは、前に座ってる人を描けないで、キャリッジでもちょっと離れてる人をスケッチする.ひそかによこから見て、急速に描いて、形の大事なポイントをすぐに記録する。


居眠り乗客が安全なチョイスです!


よく、ペンの線がもっとゆっくりの絵より神経エネルギーがある、白いスペースも自然な組成ダイナミズムがある


イギリスの電車より、日本の電車で描くのが好き、満員電車の時、立って乗客が面白いポーズをして、そして席が全部お面していますから沢山の人を見える。ロンドンチューブ列車もにてる形ですけれど、もっと狭いから乗客をスケッチするにはあまりにも手狭です。

でも、明日2時間で電車にのるから、スケッチを描いたらまたポストします。

2013年1月31日木曜日

ウィングスパン

絵本と全然違うトーンの作品ですが、全日本空輸の英語機内誌「WINGSPAN」(ウィングスパン)に毎月カットイラストを描いてます。

フィレンツェの祭りCalcio Storico

 毎号雑誌は世界中で起こる奇妙な、珍しいものを短いリポートで機能を実行します。通常その記事は凄くおかしい事で、イラストを描くのがとても楽しいお仕事です。でも、絵自体はあからさまなユーモアではなく、穏やかな観測です。

香港で船の形のデパート

 細かい描き込んでる絵本は水彩の紙で作成してるけれど、このような作品はアート紙にペン画をかいてます。そしてペンの線が強くて、ちょっと元気な、ポップな感じがでます。元、ポスター、広告と他のグラフィック的な作品でこのスタイルを使い始まったんです。

フランスのホテルでハムスターの生活できる

ペン画の絵をスキャンして、たまにばらばらの絵を組み立てで、線を奇麗に直して、そしてコンピューターにフォトショップで色を入れる、時にはテクスチャも使う。この申し出柔軟性が大好きです。

イタリアの刑務所でレストランができた。ウェイターが受刑者

 フォトショップで実験できるからこの種の仕事を楽しんでる、でも完全なデジタルアーティストとしての自分を考えていないです、なぜならすべてがまだ手作りのペンとインクの原画の上に成り立っている。

中国でロボットがレストランをやってます

僕の子どもの本は手作りのイラストタッチで、自然な共鳴が得られる、でもこの作品でもっと強い線とはっきりしてるデジタル彩色になるとダイナミックなグラフィック端を与える。このスタイルは僕のペンと水彩画の子供向けの本接続されていないように見えますが、実は全く同じペン先で描いてるとカラーリングが違うだけです。同じ空想多様な側面だけです。

今月の版:スウィスで魔女のスキー祭りあります

2013年1月30日水曜日

お仕事キャッチアップ

僕はしばらくブログで静かとなりました。理由はこんど の絵本の制作のおかげで、アメリカの出版社チャールズブリッジから出る「The Stone Giant - Michelangelo's David and How He Came to Be」(単に翻訳:「石の巨人、ミケランジェロのダビデと彼がされるようになった方法」)。ノンフィクションです。これは凄く関与てきなプロジェクトをされてますが、いくつかの中断(たとえば突然の家引っ越し)があって、時間がかかる制作でした。でも実は時間をかけたかったで魅惑的なお仕事です。先週やっと作品が完成しました!

 今原画を送る前、ミケランジェロの専門家と編集の最終オーケーを待ってます。青信号がでたらちょっと絵お見せします。
作業中のデスクトップ

2013年1月5日土曜日

謹賀新年

2013年、明けましておめでとうございます.

皆さんにとてすばらしい年になりますよう。

本年も宜しくお願いいたします。  

2012年12月19日水曜日